メニュー

大人向けの漫画|福田雄一「スーパーサラリーマン左江内氏」

2017年2月23日 - Kritique, TV Kritique
大人向けの漫画|福田雄一「スーパーサラリーマン左江内氏」

最近TVドラマでは「スーパーサラリーマン左江内氏」を見ている。このドラマはもともと藤子・F・不二雄の原作である。私は結構の藤子ファンでさんざん子供の頃に読んだが、この漫画は知らなかった。最近原作漫画を買って読んでみようかなと思っている。

しかし、とりあえずこのドラマを見て、楽しんで、思うことがあるので書いてみたい。書くのは私の勝手である。まだTVドラマは完結していないので書かない方がいいのが本当だけれども知らない。

この話は左江内という名前が人物を表すというキャラクター造形を伴った世界観で、名前の通り、万年係長のサラリーマンの主人公がもとスーパーマンにスーパーマンになれる力を譲られることによる起こる物語を描いている。
この話は現在5話ぐらいまで進んでいるが主人公の生活にはほとんど変化がない。何故ならスーパーマンとして活躍しているときの記憶は周囲の人間からは記憶からなくなってしまうからだ。
このような設定の話はSFには結構よくある。ジェイムズ・ティプトリー・Jrの「たったひとつの冴えたやり方」やアーシュラ・ル・グウィンの「持たざる者」もこの物語に近い。藤子・F・不二雄の漫画には「ひとりぼっちの宇宙戦争」という短編SF漫画がある。

これらの主人公の特徴は時間の制約と孤独な闘いが特徴である。「たったひとつの冴えたやり方」は自己犠牲の尊さ、「持たざる者」は自己犠牲の欺瞞性、「ひとりぼっちの宇宙戦争」は自己相剋がテーマであると私は思っている。

そして「スーパーサラリーマン左江内氏」の特徴は主人公の左江内氏が大人であるというところが眼目である。基本的にコメディーのスタンスで描かれている物語だが主人公の活躍や仕事に関して家族は理解を示していない。しかし、主人公はそれ自体にあまり頓着をしていない。その主人公のフラットの感覚が物語を統括している。

この物語はコメディではあるのは何故かというと強力な力を手にしても、主人公はその力を世界征服や自分の欲望を叶えようとはなぜかしないのだ。
何故しないのか。それはこの物語が倫理を問題としていないからだ。ではこの物語は何をテーマにしているのか。

この話は働くということはどういうことか、ということをテーマにしてると思う。仕事は基本的に社会に所属して行う作業である。仕事だけで生きる人間は実は存在しない。その場合は仕事と自己実現が一致している場合である。そして自己と社会が分裂している人間は、分人的内面も持つことになる。分人にとってはすべての作業はルーティンワーク化しているので内面がなくとも生活が成り立つ。自己と社会が一致しない場合が多い現代において、人生に区切りをつけるという考え方はある程度有効である。それは人生に絶望しない方法を学ぶということだからだ。

しかし、人間は自己を持って行動する場合でも殆ど内面を持たずに行える場合がある。それが今回のドラマである。主人公が個人として行う作業は家族のために食事をつくる。仕事を行う。部下を裏切る。これらのことに彼は嘘がない。嘘がない人間はこの世界においてほとんどいない。分人の対局は個人かというとそうではない。無分人なのだ。

一応書いておくと分人という考え方はいまだ浸透していない。人間が生きる上で苦悩の数は少ない方が生きやすいというのが私の考え方であり、もし人生において選択しか価値がないということになると、人生においてさえも何らかの順位づけを人間は行うようになる。人間を倫理性によって縛り上げることは人間の持つ可能性自体を奪う行為である。

しかし、運命を受け入れることも大事であり、またそのうえで受け入れたうえでどのように生きるかも大事だ。死は誰にでも平等に存在する。この分人思想にもし問題点があるとすれば、生まれた時に死んでしまう赤ん坊にはいったいどのような価値があるか、という問いに答えることが誰にもできないということだ。

言葉を覚える以前の子供に価値を見出さない分人思想は、いくら子供を殺してもなんとも思わない青髭のような生きながら、魂が死んでいる人間なのではないだろうか。よく生きるためには、良い人間になろうする意志が必要だ。死を選ぶ人間にも価値はある。それはこの世には必要がない人間もいるということをそばにいる人に教えてくれるからだ。そして必要のない人間が増えていくたびに人間は孤独になる。

分人思想の果てにはその人間の荒野しか存在しない。そして荒野の中心で祝祭を祝うことこそが、分人の本望なのではないだろうか。

だからこそ、彼らは周囲の人間を大事にして、より良い人間になろうとするのだろう。合掌。じゃまた。

備考として、書いているうちに奇妙な発展をしてしまった。しかし、スーパーな人間はやはり孤独な感じがする。少々下位的思想だけれども。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です