メニュー

ウィリアム・バロウズを読んだ化け猫|山形浩生「たかがバロウズ本。」

2017年5月5日 - Criticism Kritique, Kritique, Literature Kritique
ウィリアム・バロウズを読んだ化け猫|山形浩生「たかがバロウズ本。」

最近私は山形浩生という作家が気になっている。それは彼の文章を私はとても気に入っているからだ。彼の文章を読んだのルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」の翻訳だった。

今まで私は「不思議の国のアリス」の翻訳は一つしか読んだことが無かった。つまりルイス・キャロル自体に興味が薄かったのか、というとそうでもない。ルイス・キャロルの「もつれっ話」や「スナーク狩り」も手に取っていた。しかし「もつれっ話」は理解が出来ず途中で投げ出してしまったし、「スナーク狩り」も穂村弘の翻訳ということで図書館で読み飛ばした程度だった。
私の取って未知の作家であったルイス・キャロルに光を当ててくれたのは山形浩生という作家で、実は彼の「不思議の国のアリス」翻訳は最初は理解が出来ていなかった。しかし徐々に、文章を理解するということや、その文章をいかに日本語にしていくか、そしてその日本語をいかに読者に伝えるか、という作業を行っているだろうというのが読んでいくうちになんとなくわかってくるようだった。
この「なんとなく」わかる文章を翻訳で描けるのが山形浩生という翻訳家で、その後私はウィリアム・バロウズの「ソフトマシーン」や「裸のランチ」「麻薬書簡」「ジャンキー」「ゴースト」など山形浩生の訳した作品を読むようになった。
最近は「要するに」を本屋で立ち読みをしている。
そんな私が「たかがバロウズ本。」を読もうとするのは誰もが納得することだろう。少なくとも私自身は納得してこの本を購入した。
そして読んでいくうちに、かつてウィリアム・バロウズの本を何冊か読んだけれども、頭の中にバロウズの文章がほとんど残っていないことが分かった。私は自分がバロウズの何を読もうとしていたのだろうか。と自分自身に問うた。

バロウズは私からしたら伝説的人物で故カート・コバーンと音楽を録音したとかいうのは読んだことがある。だけれども、聞いたことはない。あまりにも遠い人物で、知った時にはバロウズにしろコバーンにしろすでに死んでいる状態だった。

山形浩生の「たかがバロウズ本。」はバロウズという伝説的人物をいかに読み解くか、という評論で、コバーンの評伝とも似ている。事実関係があやふやであるために、彼らの実像が見えてこないのが、テーマとなっているのだろう。コバーンもニルヴァーナの楽曲の歌詞の殆どはブラックジョークと言っていたことだし、バロウズもそのようなタイプなのではないだろうか、って逆でコバーンがバロウズの影響を受けているのだろう。

この本の肝は私はバロウズが自らの人生でどの部分を受け入れられなかったのか、を描いている部分だと思う。その部分はバロウズが妻を殺したことを、どのように説明しているか、の部分らしい。バロウズは自分の妻を銃で殺したのだが、意志をもって殺したか、または無意識に殺したか、それとも単なる誤射だったのか。他人に話したり、文章化した場合、その部分がかなりぶれているらしい。(実際はどうか知らない。)

バロウズの文章を理解することは出来ないのかもしれない。それは無意識の部分に刷り込まれるように、言葉を勝手に私の目が選んでしまうため、その言葉から、勝手に意味合いを想像してしまうのだ。
多分バロウズを読む場合、バロウズを知ることが必要なのだろう。バロウズを知るということは、どういうことなのだろうか。
他人を完全に理解することは人にはできない。また理解を数値化することも人間には不可能だ。そのため、学問という現象が理解には必要になる。学問の本質は、他者への理解と私は捉えているのは、文章を読めることと文章を理解することは大きく違うからだ。当たり前のことだが、私は本を結構読み飛ばしてしまう傾向があるため、この考え方は重要なのだと感じている。実践は出来ていないけれども。

にゃ?

バロウズは私には理解できない作家だけれども、非常に魅力的な作家で、彼の文章では今まで読んだものでは「ソフト・マシーン」が一番好きだった。と思うのは、当時バロウズを読んでいた感想で「【裸のランチ】は意外とつまらないな。」というのが記憶に残っているからだ。文章が結構でたらめで、何を伝えんとしてるのか、読み取れなくなってしまう。
その時の体調にもよるのかもしれないが、山形浩生は現在も読んでいて、変な感じがせず楽しいのは、彼の文章があくまで情報をもとに作られているからだろう。実は文章を書く場合はインテリジェンスは結構重要で、【書きたい内容】ではなく、【内容をいかに書くか】で書かれている文章は、とても読みやすいし、なんとなく理解した気分になれるし、ようするに。

今回は「たかがバロウズ本。」を読んでみて、とにかく文章化してみたいと思い書いてしまいました。なので読んでいてもまとまりがないような気がしています。また自分の書いた文章を読み返してみて、いろいろ変更するかもしれませんけれども。

しょせん猫の書いた文章なので。にゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー。じゃまた。


因みにバロウズの写真をもとにイラスト(落書き)をしてみた。それが冒頭に書いてあるイラストである。実際描いてみると、似顔絵は結構面倒くさい。というかあまり似ていない。もうちょっと似せて書いた方が…。それからバロウズの歌(ポエトリーリーディング)の動画です。

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です