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スプリング ドーン アンド ファイティング アスラ |宮沢賢治「春と修羅」

2018年1月26日 - Kritique, Literature Kritique, Poetry Kritique
スプリング ドーン アンド ファイティング アスラ |宮沢賢治「春と修羅」

日本の近代文学史に鈍く光る、宮沢賢治。今回は宮沢賢治という作家と思想を『春と修羅』という生前遺した一冊の書物の「序」から、読み解いていきたいと思います。


昔、宮沢賢治という作家がいた。

昔、宮沢賢治という作家がいた。
宮沢賢治は1896年に生まれた。現在から100年以上前のことだ。彼が死んだのは1933年だった。享年37歳。彼が死んで、85年たった。
2018年の現代では宮沢賢治は多くの人に知られている。日本人の中で、詩人を思い浮かべた時、宮沢賢治の名前が出る確率は非常に高いだろう。また「銀河鉄道の夜」や「グスコーブドリの伝記(新編 風の又三郎 (新潮文庫)所収)」などの童話作家の賢治のほうが、現代では知られているかもしれない。
本屋さんや図書館に行けば、必ずと言っていいほど彼の作品は置いてある。学校の教科書などにも、かなりの確率でその作品は引用されている。
それほどの作家でも、実際に彼がどのような人生を送ったかは、知られていないし、実際に作品を読んでいる人も少ない。
多くの文学者や作家、批評家、評論家によって、彼の作品は読み解かれてきたし、彼の人生も読み解かれてきた。

そこで今回は、彼の生前の出版した詩集『春と修羅』から宮沢賢治という作家を考えていきたい。もし作家という人間を考える必要があるのならば、今読める小説や童話や詩を読むのではなく、同時代で生きているときに、同時代の私たちが知る事が出来たであろう宮沢賢治の唯一の作品を読むほうが良いのではないか、と思ったからだ。
もちろん、多くの作品が出版されている現代だからこそ、読み解ける宮沢賢治像もあるだろう。
しかしあえて、宮沢賢治という作家を同時代的に、またドキュメンタリーの形を持って捉えたいと思う。
それが私が宮沢賢治という反抗と使徒の狭間で生きた作家を読み解けるかも知れない、ただ一つの方法だからだ。


『春と修羅』について

『春と修羅』は宮沢賢治が生前出版した唯一の詩集だ。
この詩集は1924年に出版された。この詩集に収録されているのは23年から24年の間に製作された詩を基にして構成されている。
実は『春と修羅』という本は何度も色々な出版社から出版されている。現在では『宮沢賢治詩集』という形で文庫化されているし、青空文庫などでも読める。
ただ『春と修羅』には「心象スケッチ」というサブタイトルがついてる。
この「心象スケッチ」というのは賢治の生み出した独自の手法である。その手法とは「内面と外面」や「光と影」のように対比事項を作り出すことで、自分自身の心象を描き出すものである。
具体的な例として『春と修羅』の「序」を提示してみる。


わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失われ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅され
みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケツチです

これらについて人や銀河や修羅や海胆は
宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら
そろぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
みんなのおのおののなかのすべてですから)

けれどもこれら新生代沖積世の
巨大に明るい時間の集積のなかで
正しくうつされた筈のこれらのことばが
わづかその一点にも均しい明暗のうちに
(あるいは修羅の十億年)
すでにはやくもその組立や質を変じ
しかもわたくしも印刷者も
それを変らないとして感ずることは
傾向としてはあり得ます
けだしわれわれがわれわれの感官や
風景や人物をかんずるやうに
そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに
記録や歴史、あるいは地史といふものも
それのいろいろの論料といつしよに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじてゐるのに過ぎません
おそらくこれから二千年もたつたころには
それ相当のちがつた地質学が流用され
相当した証拠もまた次次過去から現出し
みんなは二千年ぐらゐ前には
青ぞらいつぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発掘したり
あるひは白亜紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません

すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます


「序」について

詩というものは、言葉を関数化することで、その言葉に感情を植え付ける行為である。
その為、詩集において、その始まりの言葉こそがその詩集の本質を表している。
よく言われる例えに「作家はそのデビュー作に全てが描かれている」というものがあるが、詩人においてもそれは適応される。それは作家の本質が言語の関数によって成り立つからだ。
そこで『春と修羅』もその始まりの詩である「序」によって関数を読み解いていきたい。

まず構成について考えていきたい。構成は5つに分けられている。

まず「わたくしといふ現象は」について
次に「これらは二十二箇月の」について
それから「これらについて人や銀河や修羅や海胆は」について
さらに「けれどもこれら新生代沖積世の」について
最後に「すべてこれらの命題は」について

構成が5つに分けられているということは、「序」において構成が必要だということを意味する。
そこで其々の構成について考えてみたい。


わたくしといふ現象は

ここで描かれている「わたくしといふ現象」は「有機交流電燈」であり「因果交流電燈」である。つまり「有機」であり尚且つ「因果」によって成り立っているのです。
「有機」とは生活を成り立たせる力を意味します。また「因果」とは仏教用語で現在の不幸は前世の悪行によって成り立っているという思想を表す言葉になります。
つまりわたしの生活や現在の不幸を成り立たせているのは(あらゆる透明な幽霊の複合体)ということになります。
そしてそれは「たしかにともりつづける」ひとつの生活であり不幸なのです。


これらは二十二箇月の

ここにある「二十二箇月」とは『春と修羅』に掲載されている詩が描かれた時期を説明しています。
わたしが過去と感ずる方角とは、わたしの現在の生活と因果からわたしの過去の方角を観測しているのです。
そこには、みんなの同時に感ずるものさえも、わたしが過去と感ずる方角でしかありません。
しかし、ここまでたもちつゞけられたのは、宮沢賢治の本質が詩人であり、その本質が生活と因果によってなりたっているからです。そして、かげとひかりについて謡い語るのです。
しかしそれも、心象スケッチという手法のとほりに描かれたものに過ぎないのです。


これらについて人や銀河や修羅や海胆は

人や銀河や修羅や海胆もやはり生活するため、宇宙塵を食べたり、空気や塩水で呼吸をして、因果について今の自分から考えたりするのは詩人の本質です。
ただそれさえも詩人のこゝろのなかにあるひとつの風物でしかありません。
その詩人の中にドキュメントとして記録された人や銀河や修羅や海胆は、詩人に記録されたとほりのけしきであり、それらがいっさいの価値や本質のないものだとしても、価値のない本質として人や銀河や修羅や海胆に共通するのです。
けれどもそれらもわたくしという詩人のなかにある虚無であり、みなのなかにある虚無であることが全てなのです。


けれどもこれら新生代沖積世の

6,500万年前からげんだいまで連なる新生代や10,000年前からげんだいに連なる沖積世は正しい歴史なのです。歴史が正しくないとしたら、私たちが生きるげんだいもまた、正しくないことになってしまいます。
しかし、一方で明暗のうちにうまれる修羅の十億年が、その正しい歴史や言葉の組み立てや質を変えてしまおうと、企てているのです。
けれども、新しいことばが生まれた出版されるとき、詩人のわたくしも印刷者も、変わらないことばと感じるのです。
それはわれわれの感覚器官がかんずる風景や人物やデータや記録や歴史さえも、不幸の制約のもとにいるわたくしが感じているにすぎないからです。
おそらく『春と修羅』が出版されて二千年たつころには、あたらしい地質学によって新しい証拠によって新しい仮定が生まれるでしょう。
なかには青ぞらいっぱいのなか無色の孔雀が居たという歴史的過去も生まれるでしょうし、新進気鋭の大学教授が、大気圏の上層の氷窒素から、化石を発掘したり、白亜紀砂岩の層面にほんとうはいるはずもない歴史上改変された透明な人類の巨大な足跡を発見するかもしれません。


すべてこれらの命題は

論理的に解釈されうる心象はスケッチされたもので、時間も生活や現在の不幸によって成り立っています。
それらは詩人の思索によって主張されるのです。


何故『春と修羅』の「序」なのか

作家とは始まりの言葉によって、世界は成り立たたせる生き物です。同時にその世界は多くの人の観測によって成り立っています。
宮沢賢治という作家は、『春と修羅』の「序」において、わたくし(宮沢賢治自身)という詩人がみんなの生活と現在の不幸によって成り立っていることを主張しているのです。
そして、現在の不幸は因果によって成り立っているため、つねに過去によって成り立っているのです。
だからこそ、賢治は「序」において歴史を変えることを必要としたのです。
賢治が夢見た未来の歴史は、時に存在するはずもない無色の孔雀(無色ということは太陽の光を受けていないことを指す、つまり現代の科学では観測できない)や大気圏の上層の化石(大気圏に化石があったとしても歴史的価値はない。それは化石は発見された地層によって、時代を観測するから)や白亜紀砂岩に透明な人間の足跡(想像するに、人間が存在するとすれば、未来の人間がタイムスリップをして、過去に戻り、白亜紀砂岩に足跡を付けた)を発見することでした。
つまり宮沢賢治の思想とは、現代を生きている時代にはあり得ないはずの未来を論理的に想像することでなのです。
そして、その未来が発見されうる時、わたくしやみんなの生活や不幸が新しい未来によって、改変されるのです。


さらに『春と修羅』について

このことかとから『春と修羅』を描いた宮沢賢治は、反抗と使徒によって成り立っている作家であることがわかります。
宮沢賢治の反抗とは現実を直視した詩人の魂の言葉によって成り立っています。現在の不幸は全て現実の私たちが生み出したものに過ぎないが、それが私たちの全てであるという、詩人のリアリズムによって成り立っています。同時に、みなのために現実を透徹してみる自分自身さえも否定する使徒でもあったのです。
否定されうる自己を持つ呪われた作家であった宮沢賢治は、みなのために使徒として生きることを選択します。
皆のために生きることを選んだ詩人が描いた『春と修羅』が二千年後を夢見るのは、『春と修羅』がキリスト教を配布するために多くの記者によって描かれた『新約聖書』のように、一個の詩人がみんなのために夢見たドキュメントの形式をもった詩人の思索の記録だったのです。
宮沢賢治は、ただ皆のために自身の不幸を否定したように『春と修羅』が多くの人の不幸の歴史を改変する新しい書物として、知られることを歴史が求めたのです。


最後に

一冊の書物を残した詩人よって、世界が変わる可能性があります。それは詩人のことばが、現実の不幸から一切目をそらさなかったため生まれたことばだからです。
宮沢賢治の不幸は、因果によって成り立っています。その因果とは一切の責任は過去にあるということに成り立っています。そして過去を変えるのは、常に新しい思想でありことばであるのです。
その思想は、時に新たな不幸さえも呼び寄せます。この世におけるあらゆる思想が、嘘であり一つのロマンでしかないからです。
皆さんもぜひ、『春と修羅』という一冊の書物に毒されてみてください。因果の呪いの中でもがいていた詩人のもつ呪術とそれを解放しようとすることばの魅力が感じられます。

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