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C.R.E.A.M.(Cash Rule Everything Around Me)|描かなければよかったのに日記。

2018年8月30日 - Kritique, 描かなければよかったのに日記。
C.R.E.A.M.(Cash Rule Everything Around Me)|描かなければよかったのに日記。

今回、ネット上で騒がしいので、考えてみる。

障碍者雇用水増しでは3460人で半数と言うことになる。とすれば全体で6920人分になる。助成金は大企業では1年で50万円らしい。

3460×500000=1,730,000,000になる。これを2倍にすると3,460,000,000になる。

これだけの金額を中央省庁が水増しをしていたということは、少なくとも1,730,000,000円の助成金が企業におちることが無かったことになる。

障碍者を雇い続けるのに、これだけのお金が使われているということは、それだけ障害者雇用問題が社会的な問題になっているということだ。

障碍者になってしまった(みずからなった)場合、企業の中でも働けない場合が大きいので、嘱託社員扱いになるのではないか。企業の中で障害を負ってしまった場合にも嘱託扱いになり、障碍者手帳を取得すれば、企業の中でも晴れて障碍者扱いされるようになり、企業は助成金を受け取れる仕組みになっている。

ただ、今回の障碍者雇用水増し問題では、障碍者手帳を取得しないで、助成金を受け取ったことが問題になっているということらしい。元々障害者手帳による福祉サービスのシステムを作ったのは地方自治体である。ところで、現在国の福祉サービスは優生思想によって成り立っている。

優生思想とは、遺伝子(D.N.A.)レベルで健常者とは違った細胞をもった人間を産まれないようにするためのシステムである。ここで良く「ナチズムのホロコーストと同じじゃないか。」という意見が生まれるが、優生思想とナチズムは違う思想である、と考えたほうがいい。ただ日本人の殆どがナチズムと優生思想をごっちゃにしてしまう現実が日本にはある、と考えることが重要だろう。

そこで何処で誤解しやすいか、考える必要がある。

優生思想とナチズムについて


ナチズムはドイツゲルマン人を世界で一番優れた人種という考えを持っていた。そこで、障碍者、ユダヤ人、同性愛者、浮浪者、リマ人などを強制収容所に入れて、大量に処分をするという政策を執行していた。当時は第二次世界大戦中ということもあったのか、社会的弱者は自らの意見を表に出して言うことができず、社会から排除されてきた。

これはドイツのホロコーストは国の政策なので、保守的な考え方と言える。ただ選民思想としても捉えられるので、選ばれた一部の優れた人間が国や世界を支配することが、当時のドイツナチズムだったので、優生思想の逆になる。優生思想は、優れた人間だけ助ける価値がある、という考え方だからだ。

一応ここで申し訳をする必要があるが、相模原の大量殺人犯の考えの骨幹は「障碍者がかわいそうだから」だったそうだが、優生思想の場合、相模原の大量殺人犯が、障碍者をいくら殺そうとも、障碍者の絶対数は減らない。何故なら障碍者という存在自体、人間社会が持ち得たシステムに過ぎないからだ。

つまり狂気が相模原の大量殺人犯の中に宿ったと考えられる。この行動はシステム自体を破壊しようとする行動なのだ。つまり感情でしかないわけだが、だとするならば殺人を犯す必要もない。自分の目に見える世界から障碍者を排除すればよい。もしくは自らがその世界から足を洗うやり方もある。殺人を犯したことで、皆が本気で障害者雇用などの問題を考え出した、とメディアは訴えているが、その発想は一見正当的だが安直でもある。殺人を犯さずとも訴える方法はあったはずだ。この行動をテロリズム(政治的行動)と言えるだろうか。ただ感情をコントロールできないほど相模原の大量殺人犯は愚かだったのではないか。

相模原の大量殺人犯は弱者が目の前にいるのが耐えられなかっただけではないか。

優生思想と選民思想をごっちゃにしやすいのは、前者が科学的に根拠のある考えであるのに対して、後者の根拠がオカルト科学的に根拠がある考えだからだ。現在の世界は幾人かのユダヤ人がコントロールしている、というのは一種の選民思想である。

優生思想の場合は、障碍者を選別する時に使われる。選民思想は障害者などを問わず、優れていれば誰でも能力を認めるし価値がある、という考え方だ。この違いを知らないから誤解が生まれる。科学的DNA的遺伝子的に傷があったとしても、能力が高ければ価値がある、と認めるのが選民思想なのだ。ただこれは思想を極端な形でイメージしている、ので違いについての説明や覚書程度に考えたほうがいいだろう。

優生思想家は障害者に能力があることを認めないふしがある、ヒットラーが苦しんでいたのは彼の思想はナチズムであり選民思想なのに、ホロコーストは過剰になりすぎて、ヒットラーでさえコントロール出来なくなっていたからだ。ヒットラーは優生思想家だったと考えられる。つまりナチス・ドイツの思想とヒットラー個人の思想は相いれなかったのではないか。

優生思想は差別主義から成り立つ。差別をするのに外面の特徴をあげつらうのは簡単だからだ。その特徴を遺伝子レベルまで落とし込んだのが優生思想ということであり、優生思想が何故尊ばれるか、というとセックスや出産においては、誰でも無意識に優れた遺伝子を残したいと考える、という無意識の刷り込みが行われているからだ。

ただ、それでは優生思想と選民思想を結び付けているのは自己実現になってしまい、優れた人生という発想が成り立つ。このことから障碍者と関わるのは優れた人生とは言えない、という発想が生まれる。個人の中で優生思想と選民思想が成り立つ可能性は殆どない。それは村上龍の「愛と幻想のファシズム」のような発想の持つ、人間はシステム構造上、社会的に「優れた」人間がコントロール「すべき」というテーマが盛り込まれているからだ。

与えられなかった者


このタイトルはアーシュラ・L・グウィン著「持たざる者」に対して作られたタイトルである。

優生思想家は、このような事実から、実際には障害者ではないのに、障碍者のふりをして、助成金を受け取れることも可能になるという幻想を持ちやすい。今回の中央省庁の障害者雇用水増しは、地方自治体の持つ仕組みを排除して行われた行為だったように思われる。

時間が流れてしまったのはある程度仕方がない。それよりもプールされている1,730,000,000円は何処に行くのか。その流れを追っていけば、何故このような事が行われたのか、理由が分かるはずだ。

もしかしたら、私たちは障害者をテーマに据えるとき、生活をするのにはお金が必要である、という大前提に縛られすぎているのではないだろうか。生活が整わないのは、障碍者が努力をしていないからではない。当たり前に得られるはずのものを与えられなかったからだ。それは誰からだろうか。神だろうか。天だろうか。親だろうか。社会だろうか。誰が障碍者に与えなかったのだろうか。若しくはあらかじめ失われていたものだったのか?

Wu-Tang Clan「C.R.E.A.M.」


ウータン・クランの「C.R.E.A.M.」。クリームと呼び、Cash Rule Everything Around Me.というフレーズの頭文字から取られている。お金が全てを支配する世界に幸福はあるのだろうか。

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