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魔女の台所|吉本ばなな「キッチン」

2019年4月8日 - Kritique, Literature Kritique, Novel Kritique
魔女の台所|吉本ばなな「キッチン」
吉本ばなな「キッチン」

キッチン(新潮文庫)」は「わたしがこの世で一番好きな場所は台所だと思う。」という印象的な一文から始まることで有名な小説ですが、その小説が発表された当時、そのリリカルさと文学性の高さからとても高い評価をされました。

 しかし一方では批判的な意見もあり、其の批判の内容は「この小説は【文学】ではない。」というものが主流を占めていました。

 現在から照射すれば、当時の批評家たちは「キッチン」を読めなかったことが分かります。小説とは常に新しい作家によって【発見】されるものであり、逆に新しい価値観が提示されます。存在するかもしれない新大陸の存在を理解出来ない人間たちは、その【発見】に価値を与えない儘、幻にしてしまい、更には其の価値観さえも無理解という暴力によって亡き者にしてしまうことがあります。

 吉本ばななは現代批評の巨人と呼ばれた吉本隆明の娘でもあり、そのこともあって評価されたのではないか、と揶揄されているときもありましたが、実際、デビューして高い評価をされた後に、吉本隆明の娘であることが判明しています。

 このように事実や現実とは異なる形で批評の対象にされたのが「キッチン」という小説であり、実際彼女の作家としての実力以上に彼女がメディアにおいて、どのような存在感を持っているかのほうに、読者の興味は向いていました。

「キッチン」は少女漫画のテイストを盛り込んだ小説として一大ベストセラーになりました。そうして吉本ばななは日本文学における世界文学の役割を担うようになりました。

「キッチン」の文学的特徴は、当時流行していた少女漫画の中でも大島弓子や萩尾望都のような漫画家の持っていた漫画文体の構造を文学に移し替えたことでした。この発想は画期的であり、つまり「キッチン」とは少女漫画を翻訳した翻訳小説なのです。そうして「キッチン」の始まりの文、「私がこの世で一番好きな場所は台所だと思う。」には実は少女漫画を超えた日本文学の構造が存在します。これは私が発見したような書き方ですが、実はそうではなくて吉本ばななによって既に発見されていた大きな幻の島が、いかに優れたものかを説明している文章にすぎません。

 もし誰かが「キッチン」を添削するなら「私が一番好きな場所は台所だ。」になるでしょう。つまり客観的事実として、成り立つ文章である必要があるのです。するとこの文章には情報として「この世」と「だと思う」が邪魔になっています。

 私たちは普段、「この世」つまり現実をそれほど、認識していませんし、逆に認識する必要のない程確固たるものが現実になっています。

 しかし、この文章で書かれている「この世」と私たちが感じている「現実」は全く違う世界を描いているように私には見えるのです。そうして、そのように見えるよう書かれているのが「キッチン」の持つ文体になるのです。

「この世」の存在を確固としているのは、私が「思う」からに他なりません。

 つまり、ここで描かれている感情は情報として処理しきれない感情であり、その感情というフィルターを通して「キッチン」が存在していることが示唆されているのです。

 そうして「キッチン」の画期的なところは「私」によってコントロールされている世界と現実が全て同じ地平線にあり、私たちが知りえる現実を把握したうえでなおかつ捉えなおされているところです。それこそ、吉本ばななの才能であり、一見幻想的な(ファンタジーともいえる)世界を描きながらも、強い世界認識が存在するのが、吉本ばななの小説の特徴になります。

 その世界は明らかに現実に根差したものになっています。何故なら吉本ばななの描く世界は必ず現実に存在するからです。それは彼女のエッセイが「キッチン」等の小説のような物語性を持っている事にもよります。

 彼女のエッセイ等からみられる表現を作家としてのエゴと捉えるか、それとも彼女の才能がほとばしった結果とみるかは人それぞれですが、少なくとも吉本ばななが自分の心理構造が少女漫画に強い影響を受けていて、その心理自体が実は日本文学の持つ古典的な感性と結びついていることを発見していく過程はとてもスリリングであり、「キッチン」自体が一種の、発見された幻の島のような構造を持っています。でも幻じゃなくて本当に存在するので、ぜひ読んでみてください。本屋さんや図書館においてありますから。

 ということで「キッチン」に関しては、とりあえず筆をおきます。「キッチン」は読んでみないと分からない小説です。説明をする場合、感性の部分でしか捉えられないものが存在するからです。其の小説は、自分では結構説明した気持ちになっていても、でも以外と足りない感じがして、それが「キッチン」の魅力のような気もします。でも説明できないからって批評できないわけでもありませんし、面白い小説なので紹介ぐらいしますよ。読んでいない人も一度読んだ人ももう一度手に取ってみたらどうだろうか。私も手にとってみます。この本は誰かにとって読んでほしい、そうしてたった一人のために書かれた一編の小説だと思います。

 追伸:実際手に取って読み返してみると、言葉の一つ一つに吉本ばななの感性が感じられてとても良い小説だと思う。その言葉の手触りの一つ一つはとてもはかなくて、とてもやさしい。そうしてかなしい。

魔女の台所|吉本ばなな「キッチン」」への1件のフィードバック

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