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千代田保健所に棲息する虐めが好きな人々

2019年12月12日 - 描かなければよかったのに日記。

 千代田保健所の中でいじめが起きているが、F課長、I係長、S、T、Kよりも外部の人間に話しても仕方がない。I係長は「S保健師はF課長の命令で動いている」と云うが、F課長の云う通りにしか動けないS保健師にゾッとしながら、それ以上にF課長及びS保健師が区民を自殺に追い込んでもなんとも思わない人格の持ち主であることに、ゾッーとしているのだった。こんなあからさまに怖い話をI係長が俺にするのはそれが不都合な真実だからだろう。

 F課長やI係長やS保健師を写真で撮影したが、だからといってどうでもいいことでしかなく、彼らの中にすむイジメのこころは所詮千代田保健所という箱から出る事はないし、出たとしても何処へ行くと云うのか。ひどい社会的ネグレクトでしかなく、其の中でもS保健師のリリシズムとでも云えば良いのか、「誰もお前の云うことはきかない。課内の誰も相談にはのらない」という自らの正義を疑わない真実の言葉や、「俺は無意識に相談にのらない。他で相談しろ」と云う言葉も所詮F課長の命令があったからこそ為せた行為なのか。

 実際の彼は言葉を持たず、普段から思考することがない蟲に近い。F課長を女王蟻とすれば、S保健師は女王に逆らう事はせず、まるでマゾヒストのようにF課長の指示に従い、粛々と仕事をする働き蟻に近い。女性に従うのが快楽であり、自らにとって快楽ではないものは受け入れる事が出来ないのだろう。

 S保健師が医学部としては最低偏差値を記録している島根大学医学部看護学科であることを指摘すると「無礼者、俺は正しい。俺は間違っていない」と怒声を上げた。恥ずかしいと云うよりも、それは自分の存在を肯定してくれる上司に屈服することこそ正義であるという子供時代に受けたイジメの傷をなめるような奇妙な屈託に対する共感を覚える。女性に相談する姿をカッコ悪いと考えているのが手に取るように見て取れる。

 残念ながら、全ての人間は彼のように蟲ではなく、役割のみで生きているわけでは無い。システム的な世界観を持つのは、世界を理解するのを容易にするが、自分に理解出来ない存在を否定してしまう。Sにとって女性とは、自らに快楽を与えてくれる存在でしかなく、決して否定をしない存在なのだろう。逆にいうと自分に快楽を与えない存在は全て否定してしまう。そうして彼にとっての快楽は自己肯定でしかなく、自己正当化でしかない。彼にとっての快楽は全ての人にとっての快楽であり、それ以外の快楽は存在しない、単一な快楽なのだ。

 彼は特別な人間ではなく、只の男性である。島根大学医学部看護学科という医学部の女性率が6割を超えるというほぼ女性によって構成されている大学を卒業した彼だからこそ、保健師として女性に従うことは全く普通の行為でありながら、女性は決して自分を否定しない。自分を否定する女性など彼の世界には皆無なのだ。彼のように、女性に従いながら、同時に女性からは決して快楽しか得ようとしない、女性に阿る男が何故島根大学医学部看護学科に進んだのか、というのはSにとって最も大きい謎なのかも知れない。もし男性的世界観を保持したければ、普通に(?)もっと偏差値の高い医学部へ進学すればよかったのではないだろうか。

 どうやら彼は特別な才能があるわけでもなく、女性に負担をかけることは日常茶飯事であり、当然本人はイジメられた経験もない。新しい経験を積もうとすることもなく、何かを問われてもその世界を吟味し、気に入らなければ全く受け付けないというまるで殿さまのような有様は、経験を積めない事に対する言い逃れでしかないのではないか。一方で否定された経験がない、という事が本当の真実か、といえば当然彼は自分を否定する存在を全て否定してきた。否定されたことを脳内で書き換えてしまい、新しい概念として彼の脳内には残る。普通は現実と衝突することでトラウマとなるのだが、彼は現実を否定することでトラウマを回避していく。一方、写真は現実を写したものであり、トラウマが残像として残る。ロラン・バルトはその状態を「何かがある」状態であるとした。個の写真にはS保健師の顔が醜く歪んでいる。写真は表象であり、記号でしかないが、この写真の記号は俺にとって不快感しか呼ばない。それは想像界へのパスが上手く作用していない為であり、この写真はスティグマでありトラウマでもあるのだ。人によっては写真は不快な複製でしか無いのかも知れない。

 多くの人の犠牲の上、俺の生活は成り立っている。ある人は病にかかり、ある人は去った。誰でも肉を喰って生きているが、人は自分が生きている事には無自覚であり、他者を否定する事なのか、という不分明な自覚が生じてくる。俺のその自覚はS保健師とはどうも繋がらないらしい。男女の性差の怖さと、そのなかで操作された一人の男の悲喜劇は本人にさえ分からないのはどういうことだろう。

じゃ、また。

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