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蜃気楼(Right Place)

2019年12月24日 - 描かなければよかったのに日記。

 今回、令和元年第69回学展に「蜃気楼(Right Place)」が一般部門で入賞した。そこで、この作品が生まれた経緯について自分なりに分析紛いのことを書くことにした。

 8月だった。当時の私は神経を病み、家の中もボロボロに崩壊していた。私による私に対する私的殺戮(Private genocide)であり、私はとにかく家から逃げ出したかった。しかし逃げても決して自分からは逃れられない(のちに抑うつ状態である、と診断されるに至る)。病院から出たばかりの私は歩くことさえままならず、前身は疲れ、下半身は痺れ、足は酷く痛み、靴擦れをおこしていた。そうして病院のすぐ近くのコンクリートで出来た塀に座る。汗が際限なく出てきそうで、俺はもうダメなんだな、と諦観なのか、明るく笑っていた。人は本当に絶望すると暗く為る、というとそうではなく、明るくなるらしいと太宰治は『右大臣実朝』に書いている。実朝は趣味人を極めたような人で、橋本治の『これで古典が良く分かる』によると「オタクの元祖」のような人らしい。そうして私は本当に明るくなっていて、一人で笑っていた。空元気でもなく、明るく点滅しているだけで、周りの風景がまるで作り物の廃墟に見えた。モダンなビルディングも全てうさん臭く、目の前にあるかないかさえ、分からない。そうして、私の目の前にはNさんが居た。

Nさんは病院に付き添ってくれた人で、だから私の傍にいるのは彼女の仕事上、当然なのだが、その当然さに感謝をしながらも、不安なものに覚えた。だから私が覚えた不安な感じを写真に残しておきたい、という思いにかられて、写真を撮影した。其の後つけられた『蜃気楼』という言葉は、芥川龍之介の『歯車』のような、不安を具現化した言葉である。

私が眼の前にしている人を写すのは、そうした不安定な自我の投影になると思った。ロラン・バルト風に云えば、真に初めからあるものを撮影しているような気持ちだった。過去も未来も消え失せて、今の現実だけが、蜃気楼としてしか存在しないことだけが、真実のように思えた。そうした不安はいつか消えるかも知れないが、其の時の真実は決してなくならない。その不安定さをNさんの姿を対称軸に影分身のように二重に重ね合わせたのが『蜃気楼』になる。

カッコの中のRight Placeに関しては、この場所の正しさ、のようなものを示していて、島国において場所が失われても、その正しさは決して失われる事はない、という事だと考えていた。より大きなRightであり、Placeである。だからこの作品は受賞してもしなくても、私は作品を作り続けるだろう、と思っていた。私自身にとって、この作品は描かざるを得ない芸術家のエゴであり、それは決して受賞をしなかったとしても失われるものではないからだ。

とても真面目で真剣な文章になってしまった、じゃまた。

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